■ 2.抗体医薬 ― 等電点バリアントの構成比測定
抗体医薬の生産は培養細胞を用いて行われます。生産の過程において翻訳後修飾(post-translational modification, PTM)の発生が避けられません。抗体医薬の翻訳後修飾には、N末端アミノ酸残基の不均一化(4箇所)、アスパラギン残基の脱アミド化(4箇所)、メチオニン残基の酸化(2箇所)、N結合型糖鎖の不均一化(13種類)、アスパラギン酸残基の異性化(1箇所)、C末端アミノ酸残基の不均一化(2箇所)などが知られています1).これらのPTMは独立して起きるので、個々のタンパク質分子として見ると、きわめて多数のPTMバリアントが生じます。そのため医薬品としての同等性/同質性を保証するためにPTMバリアントを評価する方法が必要になります。上記のPTMの内、メチオニン残基の酸化とアスパラギン酸残基の異性化を除く4種のPTMは解離基の数に変化をもたらすため、同一タンパク質でありながら等電点の異なる等電点バリアント (pI variants) が発生します。キャピラリー等電点電気泳動法 (CIEF) は等電点という指標に基づいてPTMバリアントを評価する方法としてとても優れています。
走査蛍光検出キャピラリー等電点電気泳動装置 (SCIEF装置) を用いて、抗体医薬セツキシマブの等電点バリアントの構成比を評価しました。評価に用いたセツキシマブ試料は当社の冷蔵庫で1年近く保存しておいたものであり、ここで報告する結果は製品そのものの評価結果では無いことをお断りしておきます。
試料 | pH 3-10 の分離液 45 µL + セツキシマブ (5 mg/mL) 2.5 µL + PBS 2.5 µL;1回の分析に 5 µL 使用 |
焦点化 | 5 kV, 1分;7 kV, 1分;10 kV, 10分 |
検出 | 280 nm 励起、340 nm 蛍光検出 |
5回連続分析を行った分離結果の一例を示します。
極めて小さなピークも含めると、10本のピークが再現的に分離されました。各ピーク間の最も低い位置からベースラインに垂線を下ろして各ピークに分割し、ピーク面積を求めました。5回の分析についてのピーク面積値を次に示します(表1)。
表1 セツキシマブ試料の5回連続SCIEF分析におけるピーク面積値 CV (%) = (SD/Average)×100
Peak # | A-00 | A-01 | A-02 | A-03 | A-05 | Average | SD | CV (%) |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
C1 | 23 | 19 | 21 | 17 | 20 | 20 | 2.2 | 11.2 |
C2 | 58 | 57 | 58 | 58 | 56 | 57 | 0.9 | 1.6 |
C3 | 175 | 189 | 174 | 181 | 178 | 179 | 6.0 | 3.4 |
C4 | 545 | 509 | 522 | 518 | 490 | 517 | 20.0 | 3.9 |
C5 | 1133 | 1126 | 1164 | 1169 | 1174 | 1153 | 22.1 | 1.9 |
C6 | 1692 | 1748 | 1802 | 1749 | 1717 | 1742 | 41.3 | 2.4 |
C7 | 2054 | 2142 | 2142 | 2185 | 2100 | 2125 | 49.6 | 2.3 |
C8 | 899 | 835 | 837 | 822 | 764 | 831 | 48.1 | 5.8 |
C9 | 360 | 373 | 374 | 381 | 349 | 367 | 12.8 | 3.5 |
C10 | 11 | 9 | 9 | 8 | 8 | 9 | 1.2 | 13.6 |
Total | 6950 | 7007 | 7103 | 7088 | 6856 | 7000.8 | 102.0 | 1.5 |
全てのピーク面積の合計を示すTotal の欄を見ると、CV値は1.5%と比較的小さく、試料注入量の再現性が高いことが分かります。各ピークの変動について見ると、C2 ~ C9の主要なピークについては、C8を除いてCV値は1.9 ~ 3.9% で、比較的良好な再現性が示されています。次に、全ピーク面積の合計を100とした場合のピーク構成比を計算しました(表2)。
表2 セツキシマブ試料の5回連続SCIEF分析におけるピーク構成比の計算
Peak # | A-00 | A-01 | A-02 | A-03 | A-05 | Average | SD | CV (%) |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
C1 | 0.33 | 0.27 | 0.30 | 0.24 | 0.29 | 0.29 | 0.03 | 11.7 |
C2 | 0.83 | 0.81 | 0.82 | 0.82 | 0.82 | 0.82 | 0.01 | 1.0 |
C3 | 2.52 | 2.70 | 2.45 | 2.55 | 2.60 | 2.56 | 0.09 | 3.6 |
C4 | 7.84 | 7.26 | 7.35 | 7.31 | 7.15 | 7.38 | 0.27 | 3.6 |
C5 | 16.30 | 16.07 | 16.39 | 16.49 | 17.12 | 16.47 | 0.39 | 2.4 |
C6 | 24.35 | 24.95 | 25.37 | 24.68 | 25.04 | 24.88 | 0.39 | 1.6 |
C7 | 29.55 | 30.57 | 30.16 | 30.83 | 30.63 | 30.35 | 0.51 | 1.7 |
C8 | 12.94 | 11.92 | 11.78 | 11.60 | 11.14 | 11.88 | 0.66 | 5.6 |
C9 | 5.18 | 5.32 | 5.27 | 5.38 | 5.09 | 5.25 | 0.11 | 2.2 |
C10 | 0.16 | 0.13 | 0.13 | 0.11 | 0.12 | 0.13 | 0.02 | 13.9 |
Total | 100 | 100 | 100 | 100 | 100 | 100 |
やはり、C8については例外的にCV値が5.6% と大きくなっていますが、C8を除くC2 ~ C9については 1.0 ~ 3.6% の範囲にありました。
SCIEF装置による等電点バリアントの構成比測定は比較的簡単に行うことができます。PMTバリアント評価法の一つとして、製造工程の管理などにおいても有効に利用できるものと考えられます。
参考文献
1)四方 靖. バイオ医薬品のレギュレーション(産の立場から).薬剤学.2014;74:53-56.