■ 3.抗体医薬 ー 等電点バリアントの等電点決定

等電点は分子量と並んで、タンパク質の同定に有用な物性値です。ただ、翻訳後修飾 (PTM) によって解離基の数が変化する可能性があるため、同じタンパク質でありながら等電点の異なる等電点バリアント (pI variants) が生じることも多くあります。抗体医薬はその典型的な例です。抗体医薬の等電点バリアントの発生原因については「分析事例 2.抗体医薬の等電点バリアント構成比測定」のページに記しました。ここでは、抗体医薬の一つであるセツキシマブの等電点バリアントの等電点決定について、SCIEF装置を用いた結果を紹介します。評価に用いたセツキシマブ試料は当社の冷蔵庫で1年近く保存しておいたものであり、ここで報告する結果は製品そのものの評価結果では無いことをお断りしておきます。

等電点決定には、すでに等電点が明らかな標準物質であるペプチド等電点マーカー(ペプチドpI マーカー)を用いました。ペプチドpIマーカーは当社の志村らが開発したもので、タンパク質pIマーカーに比べて高純度の標品が得やすいため、CIEFに適しています1)。試料タンパク質とpIマーカーの混合物をSCIEF装置で焦点化し、等電点を決定したいタンパク質を挟み込むように焦点化した2つのpIマーカーについて、その間に直線的なpH勾配があるとして、タンパク質の検出時間からその等電点を決定します2)

試料pH 3-10 の分離液 45 µL + セツキシマブ (5 mg/mL) 2.5 µL + PBS 2.5 µL + pI マーカー 15種混合液 0.5 µL;1回の分析に 5 µL 使用
焦点化5 kV, 1分;7 kV, 1分;10 kV, 10分
検出280 nm 励起、340 nm 蛍光検出

5回連続分析を行った分離結果の一例を示します。

図1 セツキシマブとペプチドpIマーカー混合物のSCIEF装置による焦点化結果 ピーク上の数値は、そのピークを形成するpIマーカーの等電点を示す。
図1 セツキシマブとペプチドpIマーカー混合物のSCIEF装置による焦点化結果 ピーク上の数値は、そのピークを形成するpIマーカーの等電点を示す。

セツキシマブのC1~ C5のピークは pI 7.27とpI 8.40のpIマーカーの間に、C6 ~ C10のピークはpI 8.40とpI 9.50のpIマーカーの間に検出されました。それぞれのピークの頂点の検出時間とpIマーカーの等電点値から求めた等電点値を次の表にまとめました。

表1 セツキシマブ等電点バリアントの等電点決定

Peak #A-00A-01A-02A-04A-05AverageSD
C17.547.547.567.537.567.550.012
C27.747.737.737.737.737.730.004
C37.927.917.927.927.927.920.004
C48.118.118.118.118.118.110.003
C58.338.328.328.328.328.320.004
C68.508.498.498.498.488.490.006
C78.648.638.638.638.628.630.009
C88.778.768.758.758.748.750.011
C98.888.868.868.878.858.860.013
C108.968.948.948.938.928.940.015

5回の測定の標準偏差は最大で0.015 pH単位であり、等電点決定の再現性は極めて高いことがわかります。このことは、SCIEF装置で決定した等電点がタンパク質を同定する指標として有用であることを示しています。

隣り合ったバリアントの等電点の差は塩基性側の 0.1 pH単位くらいからしだいに増加し、C4とC5の間で0.21pH単位と最大になり、さらに酸性側になると0.19 pH単位に縮小しました。

図1に示した分離結果について、pIマーカーの等電点と検出時間の関係を図2にプロットしました。本分析例では、図にピンクの線で示したpH勾配に基づいて等電点の決定を行いました。図2の青の直線は15種のpIマーカーについて線形近似で求めたもので、全体に亘ってほぼ直線的なpH勾配が発生していることが分かります。

図2 pIマーカーによるpH勾配の決定  青の直線は15種のpIマーカーについての線形近似によるpH勾配、ピンクの線は隣接するpIマーカーを直線で結んで求められるpH勾配を示す。
図2 pIマーカーによるpH勾配の決定  青の直線は15種のpIマーカーについての線形近似によるpH勾配、ピンクの線は隣接するpIマーカーを直線で結んで求められるpH勾配を示す。

この青の近似直線にもとづいて検出時間からタンパク質の等電点を決定するという方法もあり得ます。ただ、市販の両性担体は直線的なpH勾配を発生するように調製されてはいますが、本来的に直線的になるべきものではなく、pH勾配の形状は両性担体製品を構成する個々の両性担体の含有量に依存しています。等電点を決定しようとするタンパク質の両側にある直近の2つのpIマーカーの値を用いるか(ピンクの線)、pH勾配全体についての近似直線に基づくか(青の線)によって、決定した等電点に若干の差(最大0.2 pH 単位)が生じる場合があります。したがって、一連の結果を比較する場合には、いずれかの方法に統一して行う必要があります。

参考文献

  1. Shimura K, Wang Z, Matsumoto H, Kasai K. Synthetic oligopeptides as isoelectric point markers for capillary isoelectric focusing with ultraviolet absorption detection. Electrophoresis. 2000;21:603-610.
  2. Shimura K, Wang Z, Matsumoto H, Kasai K. Accuracy in the determination of isoelectric points of some proteins and a peptide by capillary isoelectric focusing: utility of synthetic peptides as isoelectric point markers. Anal Chem. 2000;72:4747-4757.